ハブ君の寝言

日記のような何か

Web小説なるものを書いてみよう企画 その0.5

昔に書いた、黒歴史を発掘したのでここに保存しておく。

                                  • -


「あなたのためなら、私、なんだって出来る」
そう彼女は不意に言ってきた。
ドラマの影響だろうか、そんなことを考えながら
からかってやろうという気持ちが湧いてきた。
「じゃあ、俺のために死んでくれ。一度でいいから死姦をしてみたいんだ」
「えっ?」
彼女の驚いた顔にニヤリとしながら
「冗談だよ」
と言って、この話は終りにした。
他愛もない話をして、家まで送り届ける。
そんな日常に起きた些細な出来事だった。


いつものように私は会社から帰宅していた。
「電気がついてる、なんだよ来てるなら来てるとメールくらいすればいいのに」
軽い悪態をつきながら、顔はニヤけている。嬉しいものは嬉しいのだしようがない。
アパートの二階の東に住んでいる私は、彼女に合鍵を持たせている。
そういうことは、ダメだなんて規則にあった気がするが誰も守りはしない。
大家さんだって、黙認しているのだろう。
「ただいま」
玄関に靴が置いてある。彼女がいることが確定した。
しかし、返事が無い。
「ただの屍か」
連絡をくれれば上司と飲まずに帰ったというのに、待ちくたびれて寝てしまったのだろう。
そのまま台所で水を飲み、酔いを覚ます。
「ほいほい、旦那様が帰って来てるのに寝てたらだめだぞ〜」
部屋に入ると、彼女がテーブルに突っ伏したまま寝ている。
「風邪ひくぞ」
そう言って、毛布をかけようか布団をしいて運ぼうか考える。
しかし、いつもならここで目を覚まして寝ぼけながら寝てないアピールをする姿に抱きつき、そのまま
という展開になるのだが、今日は違うらしい。
結局毛布をかぶせて、隣で起きるまで飲み直そうかと考えつつ、彼女の頬に触れる。
「ん?」
冷たい。
嫌な予感が、一気に酔いを覚ます。
「お、おい起きろ」
体を揺さ振るが起きる気配が無い。
「冗談はよせ、おい、おい」
バランスを崩し彼女が床に落ちそうになる。
慌てて支えるが、それはそのまま腕をすり抜け床に落ちる。
血の気が引いた。
今、鏡を見たら真っ青になっているだろう。
椅子を乱暴にどかし、彼女を仰向けにする。
「そ、そうだ、人工呼吸」
彼女にそのまま口づけをし、息を送り込む。
何も起きない。
「あ、みゃ、脈だ、脈を」
彼女の手を握る。とても冷たい。
クリスマスに初めて手を握った時も彼女の手は冷たかった。
そんなことを思い返しながら、指を強く脈に当てる。
動いていない。
「嘘だろ」
完全にパニックになっていた。
どうして、こうなったのか。
なんでもっと早く帰らなかったのか。
「あ、あ、救急車」
電話を取りに立ち上がる。
ふと、テーブルの上に封筒があることに気づく。
時が止まった。
「いしょ?」
封筒の上には遺書と書かれた文字が見える。
飛びつくように封筒の中を確認する。
「うそ・・・だろ・・・?」
色々なものが頭の中に混じって溶け出すような、そんな何かが目の奥で歪むのが見えている。
糸が切れたようにその場にへたり込む。
「はは、ははははは」
「俺か、俺のセイカ、オレガワルイノカ」
「アンナコトイッタノガワルイノカ」
そう言いながら、私は野獣のように彼女に食らいついた。



電話がなっている。
会社からの電話だろう。
聞こえていたが、聞こえていなかった。



ドアを叩く音がする。
誰かが私の名前を呼んでいる。
聞こえていたが、聞こえていなかった。



何も聞こえない。何も見えない。
私はひたすら彼女を愛し続けた。



警察がやってきて、大家さんが合鍵を使いドアを開けるまで二週間が経った。
ドアを開けた瞬間、異臭が漂いその場にいた全員が顔をしかめる。
「ありがとうございます。ここからは我々の仕事なので」
と若い警察官が大家さんを下がらせる。
「お前は初めてか、気を引き締めろ。吐きそうになったら外に出て深呼吸しろ」
そう、年配の警察官が言いながら中に足を踏み入れる。
そこには、男女ふたりが倒れていた。
その近くには二人が着ていたであろう服が散乱している。
「うっ」
若い男が顔を背け、一歩のけぞる。
「ひどいものだな」
ふと、年配の男が握りつぶされたのであろう紙を拾い読む。
「…馬鹿な」
本当に馬鹿な話だ。
こんな、馬鹿なことの後始末をさせられる人間の身になって考えろ。
こころの中で悪態をつきつつどうしたものかと、部屋を後にした。

  • fin-